代表中澤の日々の徒然

POST: 2024.01.31
profile 私の思い

私の思い⑨一本の電話

信州の木で、長野県の木で家をつくりたい。

長野県産材とか信州の木とか、今では普通に使われている言葉。この頃はまだそんなに使われていなかったし、口にする関係者がそもそも少なかった時代だった。

長野の山の環境、里山へ出始めた動物たちへの取組み、そして待ったなしの間伐のタイミングなど、私はとても気になっていた。

地産地消、地産地建、そんなことが出来たらいいのになぁと日々動いていました。

そんなある日、当時の長野県庁の住宅林務関係者から一本の電話が・・・。

「長野県の木を見に行きませんか」というお誘いをいただいたのだ。どうしたらいいかも分からず、一人でただ動いていたのですが・・・私には神様からの電話・・でした。

お名前を出していいのか、わかりません県庁の西岡さん、そして久保田さんだった。

私を連れて大きな長野県をぐるぐる廻ってくれました。時に杉の産地の根羽村から清内路村を通って、木曽の桧の材木業者まで、私一人のために一軒一軒関係する業者さんをご紹介いただきました。

南信州のヒノキや杉、上田佐久方面のカラマツ、北信濃の杉・・・すべてを案内していただきました。

道中の車の中の雑談がまた大変勉強になり、荒れる長野県内の山の様子、間伐することの大切さなども知ることも出来、後部座席で何とも言えない高揚感でいっぱいになったことを覚えています。

西岡さんと久保田さんのおかげで、長野県内たくさんの材木業者さんと知り合えました。その結果、今のダイコクがあります。

一生忘れません、本当に感謝です。ありがとうございました。

≪つづく≫

創立55周年連載企画「私の思い」9/30