代表中澤の日々の徒然
私の思い㉒善光寺大門町
55年間の中で一番の難工事というか、感慨深い仕事があります。
ある日「チルチンびと」の愛読者というご家族が展示場にお越しになりました。
お話をお聞きすると、善光寺大門町のご実家を建替えられるとのこと・・・だった。店舗兼併用住宅、ほんとうに中央通りに面した場所。長野市民なら誰もが知っている場所だった。
果たして私たち(ダイコク)にできる仕事なのだろうか・・・と思いながらも、その仕事の大きさにワクワクしました。
100年、維持していける建物にしてほしい・・・
これがお施主様の要望のひとつでした。岐阜の東濃まで天然乾燥された檜をお施主様と見にいくところからはじまりました。天然乾燥檜は長野県にはあまり流通されてなく、我々もはじめて経験する東濃の景色だった。
設計は建築家吉田桂二さんに師事した小林一元さんにお願いすることに。小林さんは現在の金物工法ではない、昔からの「木組み」や古民家再生の第一人者だった。
なにせ人通りの多い、大門町の表参道。神経を使う毎日、しかもこの年は豪雪。今まで経験したことがない程の難工事になった。
しかしダイコクにとって、この場所で仕事をさせていただくだけでほぼ事件。出会いからずっと感謝しかなかった。楽しかった。
記録的な豪雪の年だった、担当者はほぼ終日雪かきで終わる毎日。
現場まで普通なら30分の場所ですが、2時間かけて到着。帰りも2時間以上かけて帰社。職人も現場で私に会う度に「面白い仕事ですよ!」と喜んで携わってくれました。
正直、途中で考えが合わない職人には去ってもらったこともあった。真剣だった、喧嘩なしに完成まで到底辿りつかなかった。
100年もつのか・・・生きていないので私にはわからないけど、間違いなく木組みの建物は建ち続けることでしょう。
大門町の通りは、長野市民の中心地とも言える場所。
日本の木で伝統の工法でつくった建物が、大門の街並みの美しさに寄与でき、長く謙虚に佇むことを願っています。
以来、時より何かあるとここに来る。この時のことをふり返ると・・・「なんとかなる」と思える。
上手く言えませんが、仕事を通じて「勇気を思い出してくれる場所、諦めない場所」が私たちに誕生したました、2014年のことでした。
それにしてもみんな若かったなー
≪つづく≫
創立55周年連載企画「私の思い」22/30